ときめきを今ここに

胸の高鳴りは君のせい

それでも私は。

 

 

 

"いつもの場所で。21時に。"

 

こんなドラマでしか見たことないようなLINEがまさか自分に来るようになるとは思わなかった。

"了解です。"とだけ返して携帯を閉じた。ただのそういう相手だから、なんて自分に言い聞かせてる割には、お気に入りの下着で、彼好みの服を着ていく自分に笑ってしまう。仕事で疲れてて重かった体が軽く感じる。なんて単純な女なんだろう。

 

 

電車でいつものホテルに向かう。窓に映った自分の顔があんなに気合を入れて化粧をしたはずなのになんでだろう。歪んで、ぼやけて見えた。

 

ホテルに着き、部屋の鍵を受け取って7階の1番右の部屋に入る。もちろん慧はいない。人を呼び出すくせに私より早く居たことがない。テレビを見ながらお酒を呑む。テレビではプロボーズをする企画で、された女性が泣いて喜んでいる。あぁ、幸せそう。好きな人に、そして自分のことを好きでいてくれる人にプロボーズされてキスされて。

 

 

ノックの音が聞こえた。開けると私が待っていた張本人が立っていた。なんで私はこんな男を好きでいなきゃいけないんだろう、なんて考えていたが、扉を閉じた途端、甘くて溶けてしまいそうなキスをされてそんな考えはどこかに飛んで行ってしまった。私の頭を左手で掴んでキスをする彼の指に硬いものを感じる。薬指の指輪の感触が考えたくなくても伝わってくる。1回も外してくれたことはない。

 

「今日はどこに出張のご予定でしょうか?」なんて笑いながら聞くと『今日は京都で大事な会議があるので前乗りしています。』なんて返してきた。「京都に行ってることになってるのか~(笑)いいなぁ、着物来てお寺巡りしたいなぁ…」『じゃあ今度行く?』なんて聞いてくるけど、行ってくれないのは分かってること。「楽しみだ~」と答えたが、こんなの茶番に過ぎない。そもそも太陽が出てる時に二人で出歩いたことがない。

 

『ちょっと俺お風呂入ってくるわ。』と言ってジャケットとネクタイをベッドに放り投げた。少しだるそうにネクタイを取る姿が私の【大好きな彼】だった。

彼の匂いがするジャケットをハンガーに掛ける。いかにもモテそうな柔らかな香りとタバコの臭いが微かにした。

 

髪の毛をタオルで拭きながら上半身裸で彼が出てきた。「冷房ついてるんだから風邪ひくよ?上なんか羽織りなよ、もう。」『どうせ脱ぐし。』当たり前のように言われた。まあそれ目的でここに居るのだから、当たり前か。窓際にあるソファに座った私を、手招きして自分の横に座らせた。髪の毛が濡れてて艶っぽい。『で、お嬢さん?俺が好きな服を着てるのはわざと?』なんて腰に手を回しながら聞いてきた。『もしそうなら、なかなかのやり手だね?』「私の趣味だから。」と言うと、そっか、と笑いながら、静かに私を押して、ベッドに沈めた。

 

 

慧は私の名前をなかなか呼んでくれない。本当は呼んで欲しいけど、そんなこともすぐ考えられなくなるくらい彼でいっぱいになる。してる最中の彼の微笑み方が、私が慧に初めて出会った時に私に向けた顔と同じだ。私はこの慧に溺れた。

 

キスをする時に私に触れる彼の髪の毛が冷たくてくすぐったい。そんな事も幸せに感じる。そんな事でも彼を感じることが出来る。そんな事でさえも彼を感じてしまう。

 

 

終わって二人で静かに目を閉じる。ふと彼に出会った時の事を思い出した。あの頃は幸せだったな、なんて考えた。なんで今の私は幸せじゃないのだろう、どうしてそう考えられなかったのだろう、ともやもやした思いの中、私を抱きしめる彼の右手に顔を埋めて眠りに落ちた。

 

 

 

慧の声で目覚めた。なんて幸せな朝なのだろう。慧は着替え終わっていて、いつでも出れる状態だった。「…ん、おはよ。もう行くの?」『もう少ししたら行く。眠れるお姫様を起こしてから行こうと思いまして。』「またどうせ会うのに。」『その時は上司と部下でしょ?俺とお前じゃない。』『そろそろ行く。また。』ジャケットを羽織って、私の頑張って、という声に振り向かないまま左手を上でひらひらとさせてドアを閉じた。

 

 

 

 

………俺とお前じゃない、か。本当に慧はここにいないくせに。